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東京高等裁判所 昭和34年(う)1671号 判決

被告人 西村和吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

しかしながら、およそ関税法第一一八条第二項の規定は、同条第一項と相俟つて、同法第一〇九条から第一一一条までの犯罪に係る貨物の価格が犯人の手に存在することを禁止し、もつて右各法条による取締を励行しようとする趣意に出でたものであつて、犯人をして右犯罪による不正の利益を獲得せしめないため、これを剥奪することを本旨とするものではないと解すべきである(昭和三二年最高裁判所判決参照)が故に、同法第一一八条第二項に規定する「その没収することができないもの又は没収しないものの犯罪が行われた時の価格」とは、該犯罪が行われた当時における国内卸売価格を指すものと解すべきことは当裁判所の判例(昭和三二年九月一〇日判決、昭和三二年(う)第六三八号事件)とするところであつて、その犯罪貨物が許可を受けないで輸入したものであつて物品税法所定の課税物件であり、しかも物品税法に違反して物品税を免れているものであるときは、その国内卸売価格は、その貨物のいわゆる到着価格に関税及び物品税を合算した額に、相当利潤を加算して算定するのを相当とし、単に該貨物の到着価格、関税及び物品税だけの合計額によるものではないと解すべきである。(昭和三二年九月一〇日東京高等裁判所判決参照)。本件についてこれをみるに、被告人が原判示のごとく、関税を免れた貨物であることの情を知りながら有償取得した外国製腕時計五九二個が、いずれも物品税を免れた貨物であることは原判決挙示の関係証拠によつて明らかであり、その価格については、大蔵技官波多野正三作成の犯則物件鑑定書によれば、右貨物の鑑定価格(これは実績によるものとあつて、横浜税関長作成の告発書記載の到着価額に相当する)に関税及び物品税を合算した額に約四割八分の利潤を加算した二、二六八、〇〇〇円を本件犯行当時の国内卸売価格として算定し、これをもつて関税法第一一八条第二項の追徴金額とすべきものとしているのであつて、原判決は右金額を被告人から追徴することとしたものとみられるのである。

しかり而して右加算利潤たるや、原判示貨物の品種、当時の国内需要度業者間の卸値相場などよりみてけつして適正の範囲を超えないものと認められるのであり、このことは、例えば本件記録にあらわれた関係人山口亘の検察官供述調書第九項の記載によれば、本件貨物の「ゴルフ」なるスイス製男持時計は正規で通関すれば業者間の卸値で一個八、〇〇〇円位はするものであること、及び同高橋克己の同調書の記載によれば、同人が被告人から買い受けた本件時計の代金は一個二、五〇〇円であるが、これは市価の半値であるとあるのみならず、被告人の昭和三三年三月二九日付検察官供述調書第三項によれば本件時計の売値の一個二、〇〇〇円ないし二、五〇〇円は仲間相場の半額以下である旨の記載のあることによつても明らかであつて、原判示国内卸売価格(一個平均約三、八〇〇円)はけつして不当に高い利潤を加算したものではないというべきである。また右価格が前説示のごとく当該貨物についての犯罪が行われた当時における国内卸売価格によるべきものである以上、所論のように捜査の遅速、犯行発覚の時期のいかんによつて被告人の利益に不当の差異を生ずべきいわれはなく、また貨物没収の場合に比して被告人に不利益を蒙らせるわけのものではない。であるから原判決には被告人に対する追徴金額の算出につきなんらの法令の解釈適用を誤つた違法は存しないのであつて控訴趣意第一の所論は排斥せらるべきである。なお同第二の所論についても前説示のごとく同法第一一八条第二項の法意がその犯罪が行われた当時における国内卸売価格に相当する金額を当該貨物の没収に代えて犯人から追徴するにある以上は、よしや所論のごとく被告人が本件犯行によつて得た利益が審理の過程において明らかになつているとしても、当該貨物価格の算定を現に被告人の得た利益の範囲内にとどめるべきではないことはいうをまたないことであり、また被告人が得たことのない利益をも追徴される場合があるとしても重複して罰金を課せられる筋合にはならない。従つてたとえ被告人において所論のごとく本件犯行による貨物を売却した対価として一、三九一、〇〇〇円を得たに過ぎなかつたとしても、右は被告人の昭和三三年三月一九日付検察官供述調書の記載によつても明らかなごとく被告人は当初から資金繰りのために本件貨物を買受けて直ちにこれを他にほとんど投げ売り同様に処分したためであるから、このことの故をもつて原判決の追徴金額は当該貨物の価格の認定を誤つた結果にもとづき被告人から巨額な財産を不当に剥奪するものであるとして、原判決に事実誤認の廉ありと非難する所論も採用するわけにはゆかない。かくして論旨はすべて理由ないものである。

(裁判官 尾後貫荘太郎 堀真道 西村康長)

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